コンテンツ・安全性・インバウンドの3つの柱
――まず、新潟県観光協会の事業概要を教えていただけますでしょうか。
磯貝浩史さん(以下、磯貝):そもそも現在、観光にまつわる環境の変化として個人化やデジタル化があります。団体旅行は減って個人旅行が増え、現地に着いてからスマホなどのデバイスで情報を探す行動も多く見られるようになりました。そこで、こうした観光客のニーズへの対応力をつける地盤づくりが必要だと考えています。
磯貝:新潟県観光協会では、そのための活動領域として大きく次の3つを定めました。1つ目は「日本海美食旅(ガストロノミー)」。ガストロノミーとは「美食学」のことで、美味しい食を味わうだけでなく、その土地に内包された歴史や文化も含めて堪能するようなあり方。この観光資源を押し出し、着地コンテンツの強化やストーリー性のある情報発信を行なっています。
2つ目はサクラクオリティの取り組みです。これはホテルや旅館等の宿泊施設を中心とした観光品質認証制度の名称で、質の高いサービスや安心・安全さを外部調査によって認定する仕組み。コロナ禍で安全性の担保は最重要事項になっていますが、現在は新潟県内で90件ほどの宿泊施設が認証を受けています。
3つ目のテーマはインバウンド。コロナの影響でインバウンド客は激減し、現地とも相談できない中ですが、着地コンテンツを強化する取り組みを進めています。ポストコロナを見据えたこのタイミングで整備を進めるべきと考えていますね。
そして、これらのテーマにおいて事業を進める際は「関わる」「つくる」「育てる」「伝える」の4つを意識します。「関わる」では県内の市町村や地域住民と連携しネットワークを強化、データの共有や活用を進めています。特に地域連携DMO(Destination Management Organization)では市町村など直接の現場と距離が離れてしまいがちなので、重要な取り組みです。
また、「つくる」としてブランド形成に取り組んだり、「育てる」では人財育成を行なったり、「伝える」ではデジタル上で各種情報発信をしています。これが新潟県観光協会の全体の枠組みですね。
――関わる、伝える、つくる、育てるのところで、特に課題を感じていたのはどんな点ですか?
磯貝:これまで観光業務では経験と勘に頼るところが大きかったと思います。東京のお客さんはこんなニーズを持っている、隣接県から来られる人はこうだ、など。そして、数字は取っているものの、これまでの成功体験で事業を行っていた部分が多かった。
だからインフルエンサーを使った情報発信などデジタル広告分野では、効果測定ができていなかったり、KPI設定やPDCAサイクルを回す部分がほとんどできていなかったのが実情でした。これは市町村でも同じような悩みを抱えており、データを取って検証・分析をすべきと分かってはいたのですが、なかなかうまくいかなかった。
そこで、市町村ごとにデータ検証を行うのではなく、県にデータを集約して全体のプラットフォーム整備を進めることにしたのです。
Tableau 上原政則さん(以下、上原):これらの課題は他の自治体でも多いと思いますね。私は過去20年以上にわたって官公庁や自治体、公共機関の方々と仕事をしてきましたが、経験や勘が大きなウエイトを占めて意思決定が行われていた面も多かったと思います。ただ、最近になってようやくデータの利活用が進み始めた実感があります。
どのデータを可視化する?もっとも重要なダッシュボード
――データ利活用において、ビジュアル分析プラットフォーム「Tableau」の活用に至ったとお聞きしました。どのような背景があったのでしょうか。
磯貝:国や市町村のデータを集め、関係者全員がデータを分かりやすく見られるプラットフォームを作るべきという課題意識がまずありました。そこで、当初は観光庁が提供していたプラットフォーム「DMOネット」を活用しようと考えていたんです。しかしその矢先、突如サービスが閉鎖となってしまい……。
代替サービスを探して県内の企業にも問い合わせたのですが、導入を支援できるところはなかったのです。そんなときヴァリューズさんに相談し、Tableauを紹介してもらって導入に至りました。Tableauは利用されている会社も多く、世の中に認知されている安心感もありましたね。
ヴァリューズ 子安亜紀子(以下、子安):磯貝さんからお話をうかがっていた中で、市町村の方がデータを手元で集計して絞り込めたりするツールであれば、データ利用が習慣化できて良いだろうという意見もありました。データのビジュアライズが得意なのがTableauの特徴で、ぴったりだと思います。
ヴァリューズ 宇都宮匡(以下、宇都宮):また、データプラットフォームでは先に要件を決めるシステムが多いです。ただ、初めての取り組みだとダッシュボード全体の最終的なアウトプットイメージは見えづらい場合が多いです。Tableauはまず作ってみてスモールスタートできるので、その点が優れていると思いますね。
――実際にどのようなTableauダッシュボードを構築したのでしょうか?
ヴァリューズ 宇都宮:下記に実際のダッシュボードをお見せします。各タブにそれぞれ異なるデータが載せられているのですが、まず1ページ目には新潟県全体の俯瞰データがあります。続いて市町村の状況を見るためのダッシュボードや、宿泊者情報に特化したダッシュボード、Google Analytics(GA)のデータが見られるWebダッシュボード、インバウンド状況のダッシュボード等があるかたちです。全体を通して、新潟県と市町村の観光状況全体が捉えられるアウトプットをイメージしました。
ヴァリューズ 宇都宮:これは1ページ目の全体俯瞰のダッシュボードです。一番上には観光庁が出している宿泊旅行統計データから取得した「国内宿泊者数推移」を掲載。その下が新潟県内の「主要温泉地宿泊者数」となっていて、個人的にはこれがミソだと思っています(笑)。
以前利用していたデータは国の集計によるものだったので、データのアップデートが年単位となり、施策に反映するには不都合でした。そこで、現在では各市町村から各種データを新潟県に共有いただく取り組みを行っています。このおかげで2ヶ月前のデータから見られるようになり、スピードも早くなった。データ取得の際のステークホルダーとの連携がうまくいった事例でしょう。
磯貝:市町村別に観光客数が見れたり、俯瞰データも把握できるのは素晴らしいことだと思いますね。また、何よりも良かったのはWebダッシュボードです。このデータでは各市町村のオウンドメディアUU数が一覧でき、ユーザーがどのようなキーワードでサイトへ訪問しているかも分かります。エリアマーケティングを実施する中で市町村とも連携しながら、SNS発信やデジタル広告の打ち方を議論し、全体の底上げをしていくことができるでしょう。
――各市町村からデータを集めるのは大変でしたか?
磯貝:他県の方からは連携が大変だというお話も聞きますが、どうなんでしょうか…。新潟県では市町村の方々にいろんなお願いをしてしまっていて、コミュニケーションは頻繁に取れていると思います。
データ取得に関しては、地域によっては遅れるところもあります。その点に関しては、月次のデータを関係者の方に共有する中で変化を促せればと。データを共有いただければ代わりに分析します、というスタンスを伝え続けることが大事だと思います。
ヴァリューズ 宇都宮:以前、新潟県と市町村の方々が集まるミーティングで私と子安がデータ利用の概要をお話ししましたが、効果はどうでしたか?
磯貝:良い場だったと思います。各エリアから100名弱が集まり、Webでも同時配信を行いましたよね。ダッシュボードの活用イメージやデータ提供の流れを、専門的な目線から分かりやすく伝えていただいてありがたかったです。
ヴァリューズ 子安:セミナーのあとに市町村の観光協会の方がお話しに来てくださり、観光への思いを聞けたことが印象に残っています。もともとデータを使う意識が高い方も多かったですし、せっかくだからデータ活用をやってみようと士気も上がった気がしました。
「人の行動を変える」自治体のTableau事例とは
――デジタル庁の創設などで地方自治体でもDXへの関心が高まりそうな状況です。そこで、Tableau利用のメリットについて公共利用の観点で教えていただけますか。
Tableau 上原:データでできることは主に3つあります。事実の確認、主張の裏付け、そして人の行動を変えること。そんな中で自治体の事例をいくつかお話しすると、まず京都府では、Tableauのオープンデータを使って様々な取り組みをされています。例えばクマの出没地域をTableauのダッシュボードでまとめてWeb上で掲載し、ユーザーはこれを見て危険地域を確認できる。このように、データを可視化することによって人々の行動に影響を与えることができるのです。
Tableau 上原:同じような取り組みは札幌市や神戸市、あるいは兵庫県などと、多くの自治体に広がってきています。それ以外にも、例えば日本政府観光局では以前から国内の観光統計データをTableauで公開していました。内部のマーケティングデータをTableauで分析してもいますし、さらに海外拠点とも連携してデータ共有を図っています。データ利用によるDXは今後より広がっていくのではないでしょうか。
ヴァリューズ 子安:面白い事例ですね。ヴァリューズにご依頼いただく自治体様のテーマとしては、移住など対外向けのマーケティング強化が多い印象があります。そしてもう一方の軸として、域内にあるデータ可視化によって潜在課題を解決したいというご依頼がある感じですね。この2軸を中心に、今後DXの取り組みが増えていくかもしれません。
――では、新潟県観光協会としてデータ活用で今後取り組んでいきたいことをお聞かせください。
磯貝:事業の目的は県全体で観光マーケティングを推進する点にあります。そのためにこれから目指すのは、データから仮説を立て、お客様の観光ニーズを把握し、そこから戦略を策定することですね。特に、これまでデータを扱う知見がなかった方々のリテラシーも向上させつつ、データを読んで仮説を立てる部分に取り組んでいきたいです。
また、現状のダッシュボードには国と県、市町村、そして独自のアンケートデータが入っていますが、加えて移動データ等のビッグデータも活用できればと考えています。コストがかかる部分でもありますが、他団体とのタイアップも視野に入れ、事業推進に必要なダッシュボードに積極的に変えていければと思います。
ヴァリューズ 宇都宮:あとはスキーや花火など、普段から新潟県や市町村がある程度のパワーをかけている事業に対しても、できることはまだまだあるかなと思います。スキー利用者のデータ等も組み込みながら、見やすいデータ、使いやすいダッシュボードを目指していきましょう。
ヴァリューズ 子安:データを見れば、どんなスキー利用者が新潟県と相性がいいのかある程度見えてきます。メインでプロモーションする媒体やセグメントを効率よく選定するのがマーケティングの第一歩。ダッシュボードを個別分析することで、観光や自治体のマーケティングがより進んでいくと思いますね。
――では最後に、自治体でデータ活用を加速させたい方々に向けてメッセージをお願いできますか。
Tableau 上原:今日のお話にもありましたが、データ活用を進めるにあたっては、まずデータの生成、集約が必要です。ただ、自治体単位では難しい面もあるかもしれません。そんな場合は国などの大きな組織に働きかけたりと、コミュニケーションも取りながらデータを集約すると良いでしょう。そして使いやすい形に整備することでデータ利活用が進んでいくはず。Tableauではそのあとの仮説設計、政策立案のところまでご支援できればと思います。
ヴァリューズ 子安:多くの自治体でデータ利活用やDXの取り組みを検討し始めていますが、まずは小さな成功事例を作っていくのが良いと思います。新潟県さんとのプロジェクトは、試行錯誤しつつ数ヶ月という短期間でまずダッシュボードを作りました。それを関係者に見せればフィードバックも得られるし、データ利活用の機運も上がっていく。このように、スモールスタートして育てるのが良いかもしれません。
ヴァリューズ 宇都宮:一番難しいのが「見るべきデータを決める」ダッシュボード設計です。データはあるけれどもどう使えば良いか分からない場合は、ぜひヴァリューズにご相談いただき、一緒に議論し考えながら最適なかたちを作り上げていければと思います。
磯貝:自治体さんによって状況は違うと思いますが、初めて担当する方は悩まれていると思うんですね。どうすればいいのか、何をすればいいのかも分からない。だからこそ、いろんな方の意見を聞きながら少しずつ進めるのが良いでしょう。お声がけいただければ情報交換もできますし、悩まずにいろんな方に相談すればいいかなと思います。
取材協力:新潟県観光協会、Tableau Software、株式会社ヴァリューズ
▼ヴァリューズではTableauの導入支援も行っております。BIツールの導入でお困りの方は、ぜひお気軽にご相談ください。